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とても久しぶりです
あ、ようやく就職決まりました。保育士です。公立です。
学生のうちに、いろいろ勉強しておきます。頑張ります。
今回の記事はどうしましょう…。
また適当に思いついたことを羅列する感じの内容にしようかと思います。
私は、遊園地という場所が苦手です。あまり楽しいと思えないのです。
根本的な問題として、私がアトラクションというものが苦手だということがあるのでしょうが、今回はそういったことは置いておきます。
遊園地での楽しみ方は、アトラクションに乗って、あちこち見て回って、いろいろと買い物をして…と、何だか「作られた」楽しみ方のような気がするのです。こうして、こうしなければ楽しめない!と言われているようで。
私にとって、遊園地での過ごし方は自由度が低いのだと思います。
どうせ遊園地で過ごすのだとしたら、私はアトラクションのために行列を作って時間を無駄にするよりも、園内を散策する方を選びますね。でも、それは遊園地でなくてもできることです。
これは過去にも書いたことがあるかもしれないことですが…。
人間の寿命があと20年長かったら、今の世の中はがらっと変わっていたかもしれませんね。
100年生きてきた人が、101年目に何かの発明をするかもしれません。でも、その人が100歳で亡くなってしまったら、その発明はなされません。
他の人が完璧な形でその発明を引き継ぐことができれば良いのですが、他人の考えが完璧に分かる人はいないでしょう。
人の経験を完全に自分のものにする技術があれば、世の中は発展するのでしょうかね。
日本には八百万の神さまがいるとされていますが、私はこの考えが日本に根付いて良かったと思います。どのような神も受け入れる代わりに、絶対的な力を持つものが存在しなくなるからです。
大学で、「カミサマ」と「God」の違いを習ったことがあります。もう根本的に違うとのことです。
一神教の神は、人々の心の中でとても強い力を持ちます。それゆえに教えば絶対であり、他を認めません。ですが、日本での神さまは無限にいるようなものです。木やら岩やら、時に人までもが神と化します。
大規模な宗教戦争など、縁のない話です。だって、統一された考えがないのですから。
まあ、宗教とは別の形でも紛争は起こりますがね。民族とか。
日本人の持つ宗教って、言うとすれば何なのでしょうね。
広く見ればアニミズムなのでしょう。個人的には言霊信仰のような気もします。
「すべる」とか、「落ちる」とか、「分かれる」とか、冠婚葬祭の時や大事な行事の際は言葉を気にしますもんね。
私が物ごころついたときには、既にテレビがありました。
逆に考えると、私はテレビのなかった時代を知りません。
これから大人になる子どもたちの中には、物ごころがついたときにはインターネットがあったという子どもたちもいるでしょう。
その子たちは、インターネットのなかった時代を知りません。
さてさて、これから先、もしかしたらワープ装置が作られる日が来るかもしれません。
ワープ装置が開発されてから生まれる子どもたちもいるでしょう。
その子たちは、物ごころがついたときにはワープ装置があります。
その子たちは、ワープ装置のなかった時代を知りません。
今後、地球から火星に移住する日が、もしかしたら来るかもしれません。
そうなった場合、火星で生まれる子どもたちもいるでしょう。
その子たちは、物ごころがついたときには火星にいます。
その子たちは、人間が地球にいたころの暮らしを知りません。
遠い未来、火星にいる子どもたちが地球を見る機会があったとしたら、何を思うでしょうね。
学生のうちに、いろいろ勉強しておきます。頑張ります。
今回の記事はどうしましょう…。
また適当に思いついたことを羅列する感じの内容にしようかと思います。
私は、遊園地という場所が苦手です。あまり楽しいと思えないのです。
根本的な問題として、私がアトラクションというものが苦手だということがあるのでしょうが、今回はそういったことは置いておきます。
遊園地での楽しみ方は、アトラクションに乗って、あちこち見て回って、いろいろと買い物をして…と、何だか「作られた」楽しみ方のような気がするのです。こうして、こうしなければ楽しめない!と言われているようで。
私にとって、遊園地での過ごし方は自由度が低いのだと思います。
どうせ遊園地で過ごすのだとしたら、私はアトラクションのために行列を作って時間を無駄にするよりも、園内を散策する方を選びますね。でも、それは遊園地でなくてもできることです。
これは過去にも書いたことがあるかもしれないことですが…。
人間の寿命があと20年長かったら、今の世の中はがらっと変わっていたかもしれませんね。
100年生きてきた人が、101年目に何かの発明をするかもしれません。でも、その人が100歳で亡くなってしまったら、その発明はなされません。
他の人が完璧な形でその発明を引き継ぐことができれば良いのですが、他人の考えが完璧に分かる人はいないでしょう。
人の経験を完全に自分のものにする技術があれば、世の中は発展するのでしょうかね。
日本には八百万の神さまがいるとされていますが、私はこの考えが日本に根付いて良かったと思います。どのような神も受け入れる代わりに、絶対的な力を持つものが存在しなくなるからです。
大学で、「カミサマ」と「God」の違いを習ったことがあります。もう根本的に違うとのことです。
一神教の神は、人々の心の中でとても強い力を持ちます。それゆえに教えば絶対であり、他を認めません。ですが、日本での神さまは無限にいるようなものです。木やら岩やら、時に人までもが神と化します。
大規模な宗教戦争など、縁のない話です。だって、統一された考えがないのですから。
まあ、宗教とは別の形でも紛争は起こりますがね。民族とか。
日本人の持つ宗教って、言うとすれば何なのでしょうね。
広く見ればアニミズムなのでしょう。個人的には言霊信仰のような気もします。
「すべる」とか、「落ちる」とか、「分かれる」とか、冠婚葬祭の時や大事な行事の際は言葉を気にしますもんね。
私が物ごころついたときには、既にテレビがありました。
逆に考えると、私はテレビのなかった時代を知りません。
これから大人になる子どもたちの中には、物ごころがついたときにはインターネットがあったという子どもたちもいるでしょう。
その子たちは、インターネットのなかった時代を知りません。
さてさて、これから先、もしかしたらワープ装置が作られる日が来るかもしれません。
ワープ装置が開発されてから生まれる子どもたちもいるでしょう。
その子たちは、物ごころがついたときにはワープ装置があります。
その子たちは、ワープ装置のなかった時代を知りません。
今後、地球から火星に移住する日が、もしかしたら来るかもしれません。
そうなった場合、火星で生まれる子どもたちもいるでしょう。
その子たちは、物ごころがついたときには火星にいます。
その子たちは、人間が地球にいたころの暮らしを知りません。
遠い未来、火星にいる子どもたちが地球を見る機会があったとしたら、何を思うでしょうね。
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